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201儀式

こちらは、朝鮮時代の王宮での儀式の様子です。
年代がわかるのは、王が龍の刺繍をほどこした服を着ているの
ではなくて、西洋風の洋服を着ていることです。

 

朝鮮王朝末期の西洋からの圧力がかかっていた時代だということが
分かります。
 
 

この時代の宮中のことは、ドラマ「明成皇后」に詳しく描かれて
います。また、民の暮らしについては、ドラマ「名家の娘 ソヒ」に
詳しく描かれています。
 

ドラマ「明成皇后」は、朝鮮王朝第26代王の高宗(コジョン)の后。
高宗(コジョン)の愛情を得られなかった彼女は、政治に無関心な
高宗(コジョン)に代わって宮廷に介入をし始めます。
 

当時、実質的な権力を手にしていた高宗(コジョン)の実父・興宣
大院君(フンソンテウォングン)に対抗を始めます。
 

ついに大院君(テウォングン)を追放し、そののちには、自らの一族
・閔(ミン)氏で政治の重職を固めて、政権を握ります。
開国と近代化を進めることになりました。
 

しかし、この政策をよく思っていない大院君(テウォングン)一派、
そして、時代の流れで、欧米列強、日本の進出、民衆の反乱などと
いった政局不安の中、暗殺をされることになります。
 
 
 

高宗(コジョン)は平凡な男性ですが、父親の興宣大院君(フンソン
テウォングン)のおかげで王になることができました。
 

しかし、その親子の確執は深く、高宗(コジョン)の父親への愛憎は
即位後もずっと続くことになります。
 

そのため、実父と対立をする嫁である明成皇后を突き放したり、
大切にしたりと、対応を変えたりします。
 

この越えられない高い壁である父との葛藤は、映画「ゴッドファーザー」
の主人公とかぶるところがあり、興味深いです。
 
 

明成皇后は、嫁いだときには、夫である高宗(コジョン)には、愛人が
いて、高宗(コジョン)からは、男性から女性への愛情はかけてもらう
ことはできませんでした。
 

明成皇后は、結局は愛人のイ尚宮を追い出すことにします。
しかし、自分には子供ができてもすぐになくなってしまうという、不運が
続きます。
 

女としての幸せはなく、かなり寂しい宮中での生活をしたのだと思います。
その思いが、政治への関心につながっていったのだと思います。
 

明成皇后の歴史的な評価は、良くなく、権力を欲しいままに手にした悪女
としてとらえられているようですが、
 

実は、こういう女性としての悲哀が背景にあることを忘れてはならないと
思います。

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